クルト・ワイルが、1921年に作曲した交響曲。
最も、ワイル自身は、この曲を交響曲とは考えていなかった。
ワイルは1900年にデッサウでユダヤ人の家庭に生まれて、ベルリンで音楽を学んだ。
1920年台のベルリンは、黄金時代とも呼ばれていて、第1次大戦が終わり、民主的なワイマール共和国が成立して、空前の繁栄を迎えていた。
1つの楽章で構成されるこの”交響曲”は、1920年台のベルリンの街の喧騒を表現したような、不協和音的なけたたましい音楽で始まる。
ワイルは、その後脚本家のブレヒトと親しくなり、劇音楽の作曲が多くなったが、ナチスの台頭とともにユダヤ人であることから迫害を受けて、アメリカに亡命して多くのミュージカル曲を作曲したが、50歳の若さで亡くなった。
2023年8月、ベルリンのコンツェルトハウスでの演奏から。指揮はヨアナ・マルヴィッツ、演奏はベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団。
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