2012年8月26日日曜日

ショスタコーヴィチ:交響曲第1番

ショスタコーヴィチが、19才のとき、レニングラード音楽院の卒業制作として作曲されたもの。

ワーグナーやマーラーらの、後期ロマン派に影響されながらも、モダンな現代音楽の要素も取り入れた作品。

第1楽章 アレグレット - アレグロ・ノン・トロッポ。トランペットとファゴットの音で始まる。アレグロ部分では、いろいろな楽器がソロを演じ、後半で、ようやくオーケストレーションが発揮される。

第2楽章 アレグロ - メノ・モッソ。ショスタコーヴィッチ独特のコミカルさと、エキセントリックさが混じり合った楽章。

ピアノが効果的に使われている。

第3楽章 レント。ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』のメロディが、チェロのソロとして登場する。

第4楽章 レント - アレグロ・モルト。激しい音楽、静かなアダージョのような音楽、いろいろな音楽がごった煮状態。

音が多い、華々しい音楽で終わり、後年のダイナミックな交響曲を連想させる。

この交響曲には、その後に作曲された、全ての交響曲のエッセンスが、すでに表れているように思える。

この作品は、1926年にレニングラードで初演されたが、西ヨーロッパにまでその噂が伝わったというほどの成功を収めた。

同じロシアの作曲家、プロコフィエフは、ショスタコーヴィチより15才年上で、彼が交響曲第1番を初演した1918年は革命の混乱の年だった。プロコフィエフは、その混乱を嫌い、アメリカに亡命した。

ショスタコーヴィチが、交響曲第1番を初演した1926年は、すでに革命が落ち着いており、彼はそのまま、死ぬまでロシアに留まることになった。

バーンスタイン指揮、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭管弦楽団の1988年の演奏で。

2012年8月25日土曜日

プロコフィエフ:交響曲第1番(古典交響曲)

プロコフィエフが、1917年、26才の時に作曲した交響曲。これ以前にも1曲書いていたが、その内容に不満だったため、こちらの交響曲を第1番とした。

”古典交響曲”という名前にもあるように、前衛的なプロコフィエフとは異なり、ハイドンや初期のモーツァルトのような、文字通り、クラシックな内容の作品になっている。

ペテルブルグ大学院時代に、ハイドンの作曲技法を研究し、その結果をフルにこの交響曲に活用した。

後年の、『ピーターと狼』にも通じる、プロコフィエフの多面的な性格がうかがえる作品。

プロコフィエフは、この曲を初演し終わった後、革命のロシアを脱出し、アメリカに亡命した。激動の時期にあり、過去を振り返り、古典的な音楽について、自分なりの答えを残しておきたかったのかも知れない。

演奏は、ヴァレリー・ゲルギエフ指揮、ワールド・オーケストラ・フォア・ピースの2011年のアブダビでの演奏から。

2012年8月19日日曜日

ダルベール:オペラ『低地』

普段は、あまり目にすることのないオペラ。オイゲン・ダラベールの『低地』。

ストーリーは、製粉工場のオーナーで、多くの小作人や使用人を抱えるセバスティアーノが、金持ちの女性と結婚するために、使用人で愛人だったマリアを、山地にすむペードロに花嫁として押し付けるが、結婚後も愛人関係を続けている。

始めは、その結婚を臨んでいなかったマルタも、ペードロの純粋な愛情に触れ、彼を深く愛するようになり、二人でセバスティアーノと対決する。最後は、ペードロが、セバスティアーノを絞め殺す。

虐げられた民衆が、金持ち階級に復讐する、という社会主義的な内容のオペラだが、ダラベールが、ワーグナーの影響の元にこのオペラを書いていることもあり、ヒットラーがこのオペラを大のお気に入りだったという。そのためもあり、これまで上演機会に恵まれなかった。

ストーリーが、劇的な内容で、音楽も、わかりやすく、美しいメロディーや、激しいワーグナー的なものもあり、純粋に、音楽とストーリーを楽しめるオペラ。

オイゲン・ダラベールは、イタリア系フランス人の父とイギリス人の母の間で、スコットランド生まれながら、ドイツで活躍しドイツに帰化した。

このストーリーは、カタロニア地方を舞台にしたスペインの話から取っている。何とも、汎ヨーロッパ的な背景を持っているオペラで、そのことも、興味深かった。

2006年のチューリッヒ歌劇場公演。フランツ・ウェルザー=メスト指揮。マリアにぺトラ・マリア・シュニッツァー(ソプラノ)、ペードロにペーター・ザイフェルト(テノール)、セバスティアーノにマティアス・ゲルネ(バリトン)。

2012年8月18日土曜日

ロッシーニ:オペラ『シズスモンド』

あまり上演される機会のない、ロッシーニのオペラ。2010年のロッシーニ・オペラ・フェスティバルの冒頭で上演された。

ストーリーは、ポーランド王のシズスモンドが、王妃アルディミーラを死刑にしてしまったことから、正気を失ってしまったが、実は、死んだと思った王妃が生きており、その黒幕を引いていた部下のラディスオラらの企みは失敗に終わり、最後は、愛の中で再開を果たす、というもの。

シズスモンドが正気を失っている、ということから、舞台を精神病院に設定する、という思い切った演出で、賛否両論を巻き起こした。

あまり有名でないオペラだが、聞いていると、どこかで耳にしたことにあるメロディーが、ところどころで登場する。ロッシーニは、あまり成功しなかった過去のオペラで一度使った音楽を、新作のオペラにそのまま、あるいは少し手を入れて、どんどん使っていた。

このオペラでも、『セヴィリアの理髪師』、『ラ・チェネントラ』、『オテッロ』、『タンクレーディ』などで、再利用された音楽が、使われている。

特に序曲は、いかにもロッシーニといった雰囲気のメロディが満載で、ロッシーニのファンのみならず、オペラファンにとってはとても楽しい曲になっている。

1814年に発表されたときは、ヒットしなかった。出だしと、最後の部分は、面白いが、途中が、ストリーの展開があまりなく、間延びしてしまう感があった。

シズスモンドは物語の中では男性だが、メゾ・ソプラノのダニエラ・バルチェッローナが演じた。アルディミーラを演じた、ソプラノのオルガ・ペラチャツコは、若くて美しいオペラ歌手だが、このありディミーラを演じるには、少々若すぎたように思えた。

演出、ダミアーノ・ミキエレット。ミケーレ・マリオッティ指揮、ボローニャ歌劇場管弦楽団による演奏。

マーラー:交響曲第5番

マーラーの交響曲は、彼の人生と切り離して考えることはできない。この交響曲第5番を作曲した1901年〜1902年、マーラーは、アルマとの出会いを迎える一方で、痔病にも悩まされていた。

マーラーにとっての交響曲第5番、運命交響曲の出だし、第1楽章は、”葬送行進曲”と名付けらている。その名の通り、暗い、陰鬱な調子で始まる。

第2楽章での、その暗さはつきまとい、第3楽章ではスケルツォ風に、ワルツの音楽も飛び出してくる。

そして、あまりにも有名な第4楽章のアダージョ。この世ので、もっとも美しい音楽の1つ。耽美的にも聞こえ、厭世的にも聞こえる。

最後の第5楽章では、冒頭の陰鬱な様子は消え、壮麗でダイナミックな音楽が展開され、フィナーレを迎える。

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮、ワールド・オーケストラ・フォア・ピース、2010年8月5日、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行われたプロムス2010の演奏から。

マーラー:交響曲第4番

マーラーの交響曲の中でも、もっとも”大人しく”、マーラー独特の大音響もほとんどなく、終止、穏やかさに満ちた、明るい感じの交響曲。

マーラーが、この交響曲を作曲したのは、1889年から1900年にかけて。1889年、ウェルター湖という湖の湖畔に別荘を建て始めた。そうしたことも影響しているのかもしれない。

第1楽章は、穏やかな音楽で、民族性に溢れた音楽。

第2楽章は、ヴァイオリンの、不思議なメロディの独奏で始まる。

終止、ゆったりとした静かなメロディー。観客の中にも、次第にウトウトし始める人が出てくる。第3楽章の終わりの部分で、突然大音響が飛び出し、そうした人々も、そこで目が覚める。

第4楽章は、マーラーが歌詞としてよく利用した『少年の魔法の角笛』からの詩に、印象的な音楽を重ねている。

演奏は、ゲオルグ・ショルティの発案で結成された、ワールド・オーケストラ・フォア・ピース、指揮はヴァレリー・ゲルギエフ、ソプラノ、カミッラ・ティリング。2010年8月5日、ロイヤル・アルバート・ホールでのプロムス2010から。