2012年9月29日土曜日

ブラームス:ヴァイオリンソナタ第1番〜第3番

ブラームスが生涯に作曲したヴァイオリンソナタは、わずか3曲だった。

第1番は、1879年に作曲された。『雨の歌』という題名は、同じ名前の歌曲と同じメロディーが、この中で使われていることによる。

第2番は、1886年に作曲された。生活環境が安定した時代の曲で、他の2曲よりは、明るい内容と言われているが、ブラームスらしい、重厚な曲に思えた。

第3番は、1886年から88年にかけて作曲され、第2楽章のアダージョを除いて、短調で作られている。友人の音楽学者の死によって、人生に悲観的になったためとも言われている。第2楽章のアダージョに、そのあたりの雰囲気がよく現れている。

4つの楽章は、実に多彩。穏やかな第1楽章、悲しい第2楽章、軽い感じの第3楽章、そして激しい第4楽章。

ヴァイオリンの音の豊かさを、十二分に堪能できる、素晴らしい作品。

その後、ブラームスは、ヴァイオリンソナタを作曲することはなかった。

2009年12月、アンネ=ソフィー・ムターとランバート・オーキスによる、バイエルン州のビブリオテークザールでの演奏。

最初に、明るい感じの第2番を演奏し、第1番、第3番という順序で演奏された。

モーツァルト:ヴァイオリンソナタ第40〜43番

モーツァルトが、1784年から1788年にかけて作曲した、晩年の4つのヴァイオリンソナタ。

特に第40番については、あまりの忙しさに、演奏の初日までに、ピアノのパートが間に合わず、モーツァルトがアドリブで演奏した、というエピソードが残っている。まさに、天才の技。

わずか年の生涯の中で、ヴァイオリンソナタだけで、43曲も作曲したということが、モーツァルトという人物を、よく表している。

2006年2月、アンネ=ゾフィー・ムターとランバート・オーキスによる演奏。

2012年9月23日日曜日

モーツァルト:レクイエム

モーツァルトが、1791年の死の直前まで書き続けていたレクイエム。

映画『アマデウス』で、ライバルのサリエリが、モーツァルトを死に追いやるために依頼した、として描かれてしまい、どうしてもその印象が拭いきれないが、実際は、ある人物が亡くなった自分の妻のためのミサ曲として、依頼した、と言われている。

14の曲から構成されているが、モーツァルトが生前に完成させたのは、第1曲だけ。あとは、死後、弟子や周囲の人々が、残されていた譜面などから、完成させている。

フーガが多く使われているため、バロック音楽のように聞こえる。同じ時期に作曲していた『魔笛』と、同じようなメロディがところどころ聞こえる。

第3曲の『怒りの日』と第8曲の『涙の日』が有名。モーツァルトのエモーショナルなメロディが、一度聞いたら忘れない、強い印象を残す。

2012年のルツェルン音楽祭、クラウディオ・アバド指揮、ルツェルン音楽祭管弦楽団の演奏で。楽譜は、部分的に、フランツ・バイアー版とロバート・レヴィン版を使用。

ベートーヴェン:劇音楽『エグモント』

ベートーヴェンが、1809〜1810年にかけて、ゲーテの戯曲をもとに、作曲した劇音楽。

初演は成功し、ゲーテもその内容には満足したというが、現在は、ほとんどの演奏会で、序曲しか演奏されない場合が多い。

確かに、この序曲のインパクトは強力。最初のその低音が、いきなり聴衆の心の奥底にまで、入り込んでくる感じがする。

この2年まに、ベートーヴェンは交響曲第5、6番を、その2年後には、交響曲第7番を作曲している。

2012年のルツェルン音楽祭では、クラウディオ・アバド指揮、ルツェルン音楽祭管弦楽団の演奏で、ブルーノ・ガンツがナレーションで劇の内容を説明し、その楽曲のみが演奏された。

やはり、最初の序曲と、そこで使われているテーマが現れる最後の”勝利のシンフォニア”ばかりが、耳に残った。

2012年9月17日月曜日

モーツァルト:ヴァイオリンソナタ第32番〜36番

モーツァルトが、ザルツブルグの大司教から独立し、フリーの音楽家となり、ウィーンで一旗揚げようとしていた、1781年に作曲したと考えられている、ヴァイオリンソナタ集。

弟子のアウエルンハンマー、あるいはヴァイオリニストのブルネッティために作曲した、と言われている。

第35番の第1楽章アダージョ—アレグロ。第36番の第2楽章アンダンテ・コン・モートなどを聞いていると、明らかに、それまでのモーツァルトのヴァイオリンソナタに比べて、深みが加わっているように聞こえる。

第36番の第3楽章ロンドー、アレグロは、モーツァルトの楽曲の中でも、ポピュラーなメロディーの1つ。

2006年2月、アンネ=ゾフィー・ムターとランバート・オーキスによる、ミュンヘンでの演奏から。

2012年9月16日日曜日

モーツァルト:オペラ『ドン・ジョバンニ』

モーツァルトが、プラハでの『フィガロの結婚』の成功を受けて、再び脚本家のダ・ポンテと組んで作曲したオペラ。

お馴染みのメロディーが多く盛り込まれていて、いつ聞いても、楽しめる。

このオペラには、ドン・ジョバンニと従者のレポレッロの掛け合いに見られる喜劇的な側面と、ラストのドン・ジョバンニの死に見られる悲劇的な側面の両面があり、演出によって、どこにフォーカスするかで、全く違ったオペラに見えてしまう点が面白い。

世俗の掟に最後まで成功するドン・ジョバンニを、近代的な精神のヒーローと見ることもできるし、ドン・ジョバンニに一度は裏切られながら、心の中では愛し続けるドンナ・エルヴィーラに、女性原理の象徴を見ることもできる。

ドン・ジョバンニが死を迎える直前に、自ら晩餐会を開き、”女とワインは男の栄光だ”と叫ぶシーンがあるが、これは文字通り、最後の晩餐だ。

2010年のグラインドボーン音楽祭の公演は、1788年のウィーン再演版を使い、舞台を1950年のフランコ独裁政権下において、舞台全体を暗く演出し、悲劇的な側面を強調した演出だった。

ビゼー:オペラ『カルメン』

もっとも有名なオペラの1つ、ビゼーの『カルメン』。初演時の評判は今ひとつで、その後の改良で人気を博した。しかし、残念ながらビゼーはそのとき、すでに亡くなっていた。

運命の女の代名詞となった、自由奔放に生きる、ロマの女、カルメン。そのカルメンに恋をして、やがては破滅して行く軍人のホセ。

”恋は野を飛び回る鳥のような存在 誰もそれを手なずけることはできない”とはじまる「ハバネラ」。この冒頭で歌われるこの歌が、まさにこのオペラのすべてを語っているように聞こえる。

同時にこのオペラでは、ホセが、軍隊の規律や家族との繋がりと、ロマの自由な生活のあいだで揺れ動く様子が描かれる。

いずれも、今日から見れば、明らかに男性の立場から見た女性像、統治する側から見た、放浪のするロマへの差別、などがあからさまに描かれている。

しかし、オペラの演出によっては、その矛盾を、暴きだすことができる。

2010年リセウ大劇場での公演は、舞台を現代に移し、ロマの人々は、車に乗って放浪したり、途中、全裸の男が踊りを演じるなど、大胆な演出で、大きな反響を呼んだ。

カルメンの悲劇、ホセの悲劇は、時代が変わっても、誰にでも、ふいに訪れる可能性を持っている。このオペラは、今後も長く演じられて行くだろう。

2012年9月9日日曜日

シューベルト:交響曲第8番『ザ・グレイト』

シューベルトの交響曲の中で、完成されたものとしては最後の作品。完成した1826年、ウィーンの楽友協会に提出したが、演奏困難、との理由で演奏はされなかった。

後に、シューマンが自筆譜を発見し、メンデルスゾーンに送り、1839年、ライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団により初演された。

シューマンは、シューベルト=歌曲、というイメージしか持っていなかったが、この楽譜を見て、驚きを隠せなかったという。

この曲を初めて聴いた時の驚きは、シューマンのその驚きと変わらない。シューベルトは、紛れもなく、ベートーヴェンらと肩を並べることができる、ロマン派の交響曲作曲者の一人だ。

カール・ベーム指揮、ウィーンフィルの楽友協会における1966年の演奏は、およそ50分。今日よりは、少し速いテンポでの演奏だが、シューベルトの頭の中にあった音楽は、こちらの方が、より近いのかもしれない。

ベートーヴェン:バレエ『プロメテウスの創造物』から

ベートーヴェンの残した2曲のバレエ曲の1つ。

今日では、序曲以外はほとんど演奏される機会がない。

1978年に、バーンスタイン指揮、ウィーンフィルによる楽友協会での演奏では、めずらしく、序曲、第4曲、第5曲、フィナーレが演奏された。

プロメテウスをイメージしたといわれる主題は、聞き覚えがある。ベートーヴェンは、この主題を、交響曲第3番やエロイカ変奏曲にも利用している。

ベートーヴェンにとっては、プロメテウスは、英雄そのもののイメージだったのかもしれない。

マーラー:交響曲第7番『夜の歌』

マーラーが、1904年〜1905年にかけて作曲した交響曲。第2楽章と第4楽章に、Nachtmusikとマーラーが記していることから、”夜の歌”と言われる。

モーツァルトのNachtmusikは、ロマンチックな子守唄、という感じだが、マーラーのこの交響曲は、様々な思いが交錯して、悶々として、眠れない夜が続く、そんな雰囲気を映しているようだ。

第1楽章から、終止ゆっくりとしてリズムで音楽が進んで行く。主題のテーマは印象的。マーラーらしい。

第2楽章は、夜想曲の一つ目。ユーモラスで、少し間の抜けたようなメロディが、夜のテーマになっている。

第3楽章のスケルツォ。時折、猫の鳴き声のようなメロディが聞こえる。ウィーンらしいワルツ。

第4楽章は、再び夜想曲。

第5楽章は、それまでの陰鬱な音楽を振り払うかのような、壮麗なマーチで始まる。1年分の朝が、一度に訪れたかのようだ。

最後は、マーラーらしい、壮大な音楽、ファンファーレで終焉を迎える。

バーンスタイン指揮。ウィーンフィルの1974年のウィーン楽友教会での演奏から。

2012年9月8日土曜日

モーツァルト:ヴァイオリンソナタ「パリ・ソナタ」

モーツァルトのヴァイオリンソナタのうち、「パリ・ソナタ」といわれる第25番〜第30番。

1777年にミュンヘンで聞いたヨーゼフ・シュースターのヴァイオリンソナタを聞いてインスピレーションを受けて作曲され、パリで出版されたことからそう呼ばれている。

第28番は、この中で唯一短調。ちょうど、母のアンナが、訪問先のパリでなくなった時期に作曲されたといわれており、悲しい曲調になっている。

第30番は、モーツァルトらしい、華やかで流れるような曲調。

ヴァイオリンとピアノだけによる音楽ではあるが、モーツァルトの多面的な音楽を楽しむことができる。

ヴァイオリンは、アンネ=ゾフィー・ムター。ピアノは、ランバート/オーキス。2006年2月ミュンヘンでの演奏から。

2012年9月2日日曜日

リゲティ:オペラ『ル・グラン・マカーブル』

映画『2001年宇宙の旅』や『シャイニング』の音楽でも知られる、20世紀の音楽が、ジョルジ・リゲティが、1977年、54才の時に作曲した唯一のオペラ。

原作は、フランスのミシェル・ド・デルドロードの戯曲『大いなる死のバラード』。ブリューゲルワールドという架空の国を舞台に、男性である死神が、この世の終わり、最後の審判の訪れを宣言し、人々は絶望にくれる。

しかし、最後の審判は訪れず、レズビアンが『心配は他の人間に任せ、自分たちは、今この時間を楽しもう』と宣言し、死神が殺した女性も蘇る、というストリー。

この不思議なストーリーが、リゲティのエキセントリックな音楽の中で、強烈なパロディとともに、展開される。

スペイン、バルセロナのリセウ大劇場での2011年の公演。舞台の真ん中に、巨大な裸の女性の像が置かれ、その前で、時にはその内部で、オペラが演じられる。冒頭で、レズビアンの二人が、性行為を創造させる動きをする。そうした斬新な演出で、観客のオペラに対する概念の再考を迫る。

オペラの全編を通じて、男性原理に対する、女性原理の勝利が描かれる。

ル・グラン・マカーブルとは、大いなる死者、という意味。リゲティは、第2時世界対戦中、家族とともに強制収容所に入れられ、父親と弟を、そこで失っている。

そのリゲティが、最後の審判と、それをものともせずに、たくましく生き延びる人間たちを描いたオペラを作った、ということの意味を、自然と考えさせられる。

2012年9月1日土曜日

シューベルト:交響曲第4番『悲劇的』

若くして命を落としたシューベルトが、19才の時に作曲した4番目の交響曲。シューベルトは、この交響曲を作曲していた時は、まだ教師の仕事をしていたが、その後、すぐに教師を辞め、音楽に専念する人生を歩み始める。

シューベルトの交響曲には、『グレート』『未完成』などの名前がついたものもあるが、この第4番の『悲劇的』という表題だけは、シューベルト本人が名付けている。

シューベルトは、8つの交響曲を完成させたが、この第4番以降からが、彼らしいオリジナリティに溢れている、と言われている。

始まりは、”ジャーン”という古典的な出だしで始まり、第1楽章は、表題にあるように、暗い感じの音楽になっている。

ベートーベンの交響曲を意識して書いたそうだが、ベートーベンの交響曲に比べると、大人しく、お上品な内容。

第2楽章のアンダンテでは、穏やかな明るさを取り戻し、第3楽章の4分の3拍子のメヌエットと続き、最後の第4楽章のアレグロでは、表題とは打って変わって、華やかな楽しいエンディングとなる。

1984年、ウィーン楽友教会での、アンノンクール指揮、ウィーンフィルの演奏から。