2014年5月24日土曜日

ショパン:ピアノ協奏曲第2番

ショパンが、1830年に完成させたピアノ協奏曲。第2番という番号がついているが、実際は、第1番より以前に完成された。

第1楽章、マエストーゾ。幻想的なピアノの調べが美しい。

第2楽章、ラルゲット。ほとんど、ピアノのソロと言ってもいいくらいで、オーケストラは、BGMとしてしか、用いられていない。

ゆっくりと奏でられる、ピアノの旋律が、ロマンチックで実に美しく、この協奏曲の最大の魅力。

第3楽章、アレグロ・ビビアーチェ。マズルカのようなピアノのメロディで始まる。ポーランドの民族音楽のピアノのメロディを、オーケストラが補足する、といった内容で、ここでもやはり中心はピアノ。

オーケストレーションのまずさがよく指摘される。ピアノ以外は、ショパンでなく、別な人間が作曲したとも言われている。

いずれにしろ、ショパンは、やはりピアノの作曲と演奏。

その意味では、この曲は、協奏曲とは呼べないだろう。

1975年のロンドン、88歳のルービンシュタインと、46歳のアンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団による演奏。

モーツァルト:クラリネット協奏曲

モーツァルトが、1791年に作曲した、クラリネットのための協奏曲。

モーツァルトは、同じ年の12月に亡くなっており、協奏曲としては、モーツァルトにとって、最後の曲となった。

親しいクラリネット奏者、アントン・シュタードラーの演奏に触発され、彼のために作曲した曲。クラリネット五重奏曲も、シュタードラーのために作曲された。

クラリネットという楽器が持っている、音色の豊かさを、最大限に引き出している。

3つの楽章から構成されているが、第2楽章のアダージョが、とりわけ美しい。

1987年9月、ウィーンでの演奏。クラリネットはペーター・シュミードル。バーンスタイン指揮、ウィーンフィル。

プロコフィエフ:3つの子供の歌

プロコフィエフが、1936年から1939年にかけて作曲した、小さな3つの歌曲。

同じ時期に、プロコフィエフは、ピーターと狼、を作曲しており、その素材として作曲したのかもしれない。

おしゃべり。おしゃべりな好きな子供、文字通り、たわいもないおしゃべり。中に、日本語、という言葉も登場する。

快い歌。私はみんなが好きなキャンディー。というこちらも子供っぽい歌。

最後は、子豚。庭で楽しく遊び回る子豚を見たい子供が、子守りの女性にたしなめられる、という内容。

歌は、ペーター・シュライアー。ピアノはルドルフ・ブッフビンダーによる、1972年の演奏。

モーツァルト:交響曲第38番『プラハ』

モーツァルトが、1786年に完成させた、38番目の交響曲。

プラハで『フィガロの結婚』が大ヒットし、自らプラハを訪れ、フィガロを指揮した際に、同じく演奏されたのがこの交響曲だった。

プラハの訪問に合わせて作曲した曲ではないようだが、そうした経緯から、プラハと呼ばれている。

通常は4つある楽章が、メヌエットに相当する楽章がなく、3つしかない。

同じ時期に作曲された、『フィガロの結婚』からの音楽が、いたるところで使われている。

1971年、ウィーン楽友協会での、ラファエル・クーベリック指揮、ウィーンフィルの演奏。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番

モーツァルトが、1786年に完成させた23番目のピアノ協奏曲。

モーツァルトのピアノ協奏曲の中でも、屈指の名曲。

第1楽章アレグロは、ピアノとオーケストラが完全に一体となっている。

第2楽章のアダージョは、短いが、静かで印象的な、モーツァルトの数あるメロディの中でも、屈指のものの一つ。

第3楽章アレグロ・アッサイは、一転して、ピアノの流れるような旋律が、オーケストラを引っ張る。

1976年4月、ウィーン楽友協会、マウリツィオ・ポリーニのピアノ、カール・ベーム指揮、ウィーンフィルの演奏。

2014年5月20日火曜日

モーツァルト:ピアノ協奏曲第19番

モーツァルトが、1784年に作曲した、19番目のピアノ協奏曲。

この年に、モーツァルトは、何と、6曲のピアノ協奏曲を作曲している。すべて、自分のレパートリー用に作曲した作品。

第1楽章のアレグロ・ヴィヴァーチェは、モーツァルトらしいメロディが満載。

第2楽章のアレグレットは、何とも言えない美しさをたたえた楽章。モーツァルトの数ある美しいメロディの中でも、屈指の美しさを誇る。

第3楽章のアレグロ・アッサイは、一転して、軽快な流れるようなロンド。

1976年4月に行われた、ピアノ、マウリツィオ・ポリーニ、カール・ベーム指揮、ウィーンフィルによる、ウィーン楽友協会での演奏。

2014年5月17日土曜日

シューベルト:弦楽五重奏曲

シューベルトが、1828年、亡くなる2ヶ月前に作曲した弦楽五重奏曲で、シューベルトの遺作でもある。

ヴァイオリン2台に、ヴィオラと2台のチェロ、という珍しい構成になっている。低音部分の多彩な展開を狙ってのことだろう。

4つの楽章からなり、第2楽章は、映画のBGMなどによく使われている。

全体でおよそ1時間と長く、交響曲のような、どっしりとした構成になっている。

2002年、ザルツブルグのモーツァルトウィークにおける、ギドン・クレーメルとクレメラータ・バルティカによる演奏。

この演奏は、弦楽五重奏ではなく、弦楽合奏版での演奏だった。

モーツァルト:弦楽五重奏曲第3番

モーツァルトが、1787年に作曲した3番目の弦楽五重奏曲。

同じ頃、弦楽五重奏曲第4番も作曲しており、いずれも、モーツァルトの全盛期の名曲の一つと言われている。

第1楽章 Allegro。バイオリンと他の楽器が会話するように始まる。

第2楽章 Andante。穏やかな美しい音楽。

第3楽章 Menuetto. Allegretto。ゆったりとした川の流れのような優しい音楽。

第4楽章 Allegro。覚えやすい軽快なメロディが印象的。

ヴァイオリンとビオラがそれぞれ2台ずつ。1つのヴァイオリンとビオラが、掛け合いでメロディを奏でて、それを別のヴァイオリンとビオラが、伴奏で支える。

弦楽五重奏曲だからこそできるそうした音楽を、モーツァルトはこの曲の中で巧く活用している。

2002年のザルツブルグ音楽祭でのウィーン弦楽六重奏団の演奏。

プロコフィエフ:弦楽四重奏曲第2番

プロコフィエフが、戦時中に、カバルディノ・バルカル自治共和国に疎開していた時に作曲した、2番目の弦楽四重奏曲。

その地方の民族音楽の要素を、沢山取り入れて作られ、民族色に溢れた音楽になっている。

いきなり、不協和音の音楽で始まるが、徐々に民族音楽的な内容になっていく。

冒頭の不協和音も、そうした音楽の影響を受けていることが、聴いていくうちに次第に明らかになってくる。

2012年、フランスのナントで行われたフォルジュルネでの、パヴェル・ハース四重奏団の演奏。

2014年5月11日日曜日

オルフ:カルミナ・ブラーナ

カール・オルフが、1935年から1936年にかけて作曲した、管弦楽と合唱のための曲。

19世紀の初めに、バイエルンにあるベネディクトボイエルン修道院で、13世紀に書かれた100枚以上の羊皮紙が発見されて、そこには300篇以上の詩が含まれていた。

オルフは、それらの詩から、春の詩、酒場での詩、愛の詩などテーマで24篇の詩をを取り上げて、このカンタータを作曲した。

カルミナ・ブナーラとは、ボイエルンの歌という意味。

運命の女神を讃える、ダイナミックな最初と最後の音楽が、とりわけ有名。

詩の内容は、決して高尚なものではなく、民衆の生活や、自然な感情を歌っている。

2014年1月のNHK交響楽団の定期演奏会での演奏。指揮は、ファビオ・ルイージ。合唱は、東京混声合唱団、他。

オルフ:カトゥリ・カルミナ

カール・オルフが、1930年に作曲、1943年に改編した、合唱用の曲。オルフは、これを、劇的演技、と呼んでいた。

古代ローマの詩人、ガイウス・ヴァレリウス・カトゥルスの詩が元になっている。

その内容は、”その乳房を触りたい”などといった、古代のおおらかな時代の愛の詩。

オルフは、そうした古代の雰囲気を表現するため、この曲を、合唱と4台のピアノと打楽器だけの構成にしている。

2014年1月のNHK交響楽団の定期演奏から。指揮は、ファビオ・ルイージ。合唱は、東京混声合唱団。

2014年5月10日土曜日

ブルックナー:交響曲第9番

ブルックナーは、1887年、第8番を完成させた後に、この交響曲に取りかかり、第1楽章から第3楽章までは完成させていたが、死ぬまでに完成させることができなかった。

ブルックナーは、昔から、あまり好きな作曲家ではなかった。これまで、少し毛嫌いしていたが、最近は、ようやく聴いてもいいかな、と思えるようになってきた。

第1楽章、荘重に、神秘的に。

ブルックナーらしい、ダイナミックな音楽と、田園的なのびやかな音楽という、対照的な主題が展開される。

第2楽章、スケルツォ。軽く、快活に - トリオ、急速に。

スケルツォにしては、かなりダークな激しい音楽が奏でられる。

第3楽章、アダージョ。遅く、荘重に。

ワーグナーを思わせる音楽のオンパレード。

この日の演奏は、ノヴァーク版だったので、第4楽章はなし。

2014年1月、NHK交響楽団の定期演奏、指揮はファビオ・ルイージ。

デュティユー:チェロ協奏曲「遥かなる遠い世界」

フランスの作曲家、アンリ・デュティユーが、ロストロポーヴィッチの委嘱により、1970年に作曲したチェロのための協奏曲。

デュティユーは、1918年に生まれ、2013年に亡くなった現代の作曲家だが、前衛的な音楽とは距離を置いて、伝統の中に、新しさを求め続けた。

この曲は、ボードレールの『悪の華』にある、髪、という詩にインスピレーションを得て作曲された。

謎、まなざし、うねり、鏡、賛歌、と題された5つの楽章から構成されている。

現代の音楽らしく、全体の基調は、不安を感じさせる音楽。最後の賛歌は、ダイナミックなフィナーレを迎えるが、この当たりは、伝統的なものを感じる。

2013年12月のNHK交響楽団の定期演奏会での演奏。チェロは、ゴーティエ・カプソン。指揮は、シャルル・デゥトワ。

ラヴェル:クープランの墓(管弦楽版)

ラヴェルが、1917年に完成させたピアノ用の同名の曲を、自ら1919年に管弦楽版に編曲したもの。

ピアノ版では、6つのパートから成り立っているが、この管弦楽版では、フーガとトッカータを除いている。

”墓”という部分は訳の間違いで、”〜のために”というのが正しいようだ。

ラヴェルは、晩年、18世紀のフランスの古典音楽に傾倒しており、その時代の作曲家、クープランへのオマージュとして、この曲を構想した。

しかし、その間に、第1次世界大戦への従軍や、母親の死亡などが重なり、曲の内容は、レクイエムのようなものになっていった。

若い頃の、印象派主義的な華麗な音楽ではなく、そうした面影は少し残しつつ、古典の香りがする、独特な音楽になっている。

プレリュード、フォルラーヌ、メヌエット、リゴドン、という4つの曲から構成されている。

特に、メヌエットの音楽は美しい。

フォルラーヌは、北イタリアの古典的舞踏曲、リゴドンは、フランドル地方の古典的舞踏曲と、ローカル色に溢れた内容。

2013年12月の、NHK交響楽団の定期演奏会での演奏。指揮は、シャルル・デゥトワ。

2014年5月7日水曜日

モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番

モーツァルトが、1784年に作曲した、20番目のピアノ協奏曲。モーツァルトは、この年、だけで、6曲も作曲している。

第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ。モーツァルトらしい、伸びやかな音楽だが、第2主題は、少し暗い感じで、ハッとさせられる。

第2楽章 アレグレット。哀愁を帯びた美しい音楽。フルートが、ところどころで、実効果的に使われている。

第3楽章 アレグロ・アッサイ。これまで控えていたピアノテクニックを一気に披露する、といった感じの内容。

ピアノとオーケストラが、会話をしながら、メロディを作り上げていく、両者が一体となったピアノ協奏曲。

1976年4月、ピアノ、マウリツィオ・ポリーニ。カール・ベーム指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。

2014年5月6日火曜日

ショスタコービッチ:交響曲第8番

ショスタコービッチが、第2次世界大戦中の1943年に作曲した、8番目の交響曲。スターリングラード包囲戦による戦死者への追悼が、そのきっかけになっている。

前の交響曲第7番が、ヒトラーの侵攻に対して、国民を鼓舞するような勇ましい内容だったのに比べ、こちらは追悼ということもあり非常に暗い内容になっている。

第1楽章は、Adagio - Allegro non troppo - Allegro - Adagioという複雑な構成。30分ほどあり、この曲全体の半分ほどを占めている。

アダージョということもあり、冒頭から暗い陰鬱な、しかし印象的な主題で始まる。どことなく、マーラーの交響曲を連想させる。

第2楽章は、Allegretto 。スケルツォとなっており、ショスタコービッチ独特のダークなコミカルなタッチで展開される。

第3楽章は、Allegro non troppo。ヴァイオリンの規則的な小刻みな演奏の合間に、いろいろな楽器が、ファンファーレのような、間の抜けた音楽を奏でる、ということを繰り返すだけの楽章。

でも、その不思議な音楽は、一度聴いたら、二度と忘れることは出来ないだろう。

ショスタコービッチの音楽を最も象徴するような内容。

第4楽章は、Largo パッサカリア。静かな、陰鬱な音楽で、第1楽章のよう。

第5楽章は、Allegretto - Adagio - Allegretto。ファゴット、クラリネットなどが効果的に使われ、静かながら、明るい曲調で始まる。

やがて、音楽は、不安な要素を含みながら、ダイナミックな大音響に到達した後、静かで複雑な音楽に変わり、そのまま消え入るように終わる。

2011年9月、スイスのルツェルンで行われた、アンドリス・ネルソンス指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏。

シチェドリン:オペラ『死せる魂』

ロシアの作曲家、ロディオン・シチェドリンが1976年に作曲したオペラ。原作は、ゴーゴリの同名の小説。

死せる魂とは、死んだ農夫のこと。帝政ロシアでは、地主は死んだ農夫の人頭税も払う必要があった、ということをヒントに、ゴーゴリが、当時のロシアの状況を、批判的に織り込みながら書いた小説。

ゴーゴリは、ダンテの神曲をモデルにこの本を書いたという。

主人公のチチコフは、その死んだ農夫の名義を買い取ることで、一儲けをしようとロシア中を放浪する。

その際に出会った様々な人や場面が、シチェドリンの多彩な音楽で表現されていく。

チチコフの使用人であるセリファンが、所々で歌う、中央アジア風の悲しい歌が、とても印象的。

2011年12月のロシア、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場の公演。指揮は、ヴァレリー・ゲルギエフ。

アンコールで、作曲家のシチェドリンも登場し、会場から大きな喝采を浴びていた。

2014年5月5日月曜日

チャイコフスキー:序曲『1812年』

チャイコフスキーが、1880年に作曲した、演奏会用の序曲。

チャイコフスキーは、あまりこの曲の作成には乗り気でなかったという。

内容は、ナポレオンに対するロシアの勝利を祝った内容で、フランスの国歌、ラ・マルセイエーズが登場したり、演奏によっては、実際の大砲を使ったりと、親しみやすい曲。

皮肉にも、今では、チャイコフスキーを代表する曲の一つになっている。

1993年6月に行われた、ベルリンのヴァルトビューネの野外コンサートの演奏。指揮は小澤征爾、演奏はベルリンフィル。

リムスキー=コルサコフ:序曲『ロシアの復活祭』

ニコライ・リムスキー=コルサコフが、1888年に作曲した、演奏会用の序曲。5人組と呼ばれた同士、ムソルグスキー、ボロディンに捧げた曲になっている。

リムスキー=コルサコフが、子供の頃に経験した、ロシアの復活祭の様子が、陽気な音楽で綴られている。

有名な、シェヘラザードと同じ年に作られた曲で、同じような雰囲気を感じさせる。

15分ほどの短い曲で、フェスティバルなどの冒頭に相応しい曲。

1993年6月に行われた、ベルリンのヴァルトビューネの野外コンサートの演奏。指揮は小澤征爾、演奏はベルリンフィル。

2014年5月4日日曜日

LFJ2014 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポン2014。私の最後のプログラムは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。

ピアニストは、ボリス・ベレゾフスキー。どうも、このベレゾフスキーとは、妙に縁がある。

ここ7年くらい、フォルジュルネに通っているが、毎年という訳ではないが、また、ベレゾフスキーのプログラムを選んでいるというわけでもないのだが、よく彼の演奏を聴いてきた。

今年は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。

2014年、ロシア、ソチの冬のオリンピックがあり、浅田真央というフィギュアスケーターが、多くの人の記憶に残るような素晴らしい競技をし、その時に使った曲が、このラフマニノフの協奏曲第2番の第1楽章だった。

そのせいもあってか、5,000人を収容するホールは、ほぼ満席の盛況だった。

最初の曲は、同じラフマニノフのヴォカリーズ。ドミトリー・リスの指揮、ウラル・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。こちらも、このフォルジュルネでは、すでにお馴染みの顔だ。

ラフマニノフが1912年に作曲したピアノ曲を、後に自ら管弦楽用に編曲したもの。ラフマニノフらしい、哀愁に満ちたメロディ。

続いて、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。

ラフマニノフを代表するこの曲は、第1楽章、まるでロシアの大地から地響きのように聞こえてくる、そんなことを感じさせる音楽で始まる。

第2楽章は、哀愁に満ちた美しい主題で、かつて、ポピュラーソングにも使われたことがある。

第3楽章にも、中央アジアの音楽のような、印象的な主題が登場するが、この楽章は、ややまとまりに欠ける印象がある。

3つの楽章とも、美しい主題、ダイナミックなオーケストレーション、そして高度なピアノテクニックを有しており、文字通り、完璧なピアノ協奏曲だ。

ボリス・ベレゾフスキーの演奏は、会場内に映された大きな映像で、その細かい指さばきまで観察することが出来た。

完全に自分のレパートリーにしているベレゾフスキーは、ダイナミックな演奏を披露したが、所々、指揮者やオーケストラの方を振り向いては、音楽の進行を確認している。

リハーサルが十分に行えなかったのだろうか?ベレゾフスキーの、その外観から受ける雰囲気とは違った、繊細な一面を、垣間みたような気がした。

演奏が終わった後の大歓声の中、アンコールには、リストの愛の夢。これも、浅田真央のプログラムに使われた曲。明らかに、それを意識した選曲だった。

通常、ピアニストがアンコール曲に選ぶのは、譜面を必要としない、自分が得意とする曲だが、何と、ベレゾフスキーは、譜面を持って登場した。

譜面を見ながら、まるで学校の試験を受けるように、慎重に演奏する姿が、実に印象的だった。

LFJ2014 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番、第7番

ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポン2014。次のプログラムは、ベートーベンの中期の2つの弦楽四重奏曲。

最初の第11番は、ベートーヴェンが1810年に作曲し、ベートーヴェン自らが、この曲に、Quartetto serioso、と名付けている。

第3楽章に、Allegro assai vivace ma serioso、という指定がある。しかし、第3楽章だけではなく、全楽章が重々しい感じがする。

次に演奏されたのは、1806年に完成された、第7番。いわゆる、3つのラズモフスキー協奏曲の最初の曲。こちらは、第11番と違い、明るい雰囲気に満ちている。

ベートーヴェンは、生涯にわたり、弦楽四重奏曲を作り続けた。

最初の6つの作品を、1801年に発表した後、久しぶりに作曲したのが、この3つのラズモフスキー協奏曲だった。

この2つの弦楽四重奏曲は、いわゆる中期に分類され、ベートーヴェンの”創作の森”といわれる時期に当たり、交響曲でいえば、第3番の英雄から、第6番の田園などが作られた。

いずれの作品も、チェロが重要な役割を演じている。単に、ヴァイオリンによる主題を下から支えるのではなく、自ら主題を奏で、第1ヴァイオリンに引き継ぐ楽章が多い。

従来の弦楽四重奏曲のルールにとらわれず、新しい形式を模索するベートーヴェンの姿勢が強く感じられる。

演奏は、プラジャーク弦楽四重奏団。1972年にチェコのプラハで結成され、ベテランの4人で構成される。

その丹念な演奏は、まるで交響曲のような、堅牢な2つの弦楽四重奏曲を、ほぼ満席に近い、観客の心の中に、しっかりと届けていた。

LFJ2014 リスト:十字架への道

今年で10年目を迎える、ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポン。

はっきりと記憶してはいないが、初めて訪れたのは、3年目くらいだろうか?

このところは、毎年、春のゴールデンウィークに欠かせない楽しみの場となっている。

最初のプログラムは、リストの、十字架への道。リストが、1878年から1879年にかけて作曲した宗教曲。

オルガンと独唱、合唱のための曲だが、今回は、オルガン部分をピアノに代えての演奏。

キリストが、死を宣告され、十字架に背負い、ゴルゴダの丘に登り、死刑にされ、墓に横たわるまでを、14の場面で描いている。

歌詞は、ドイツ語で歌われる。シンプルな歌詞なので、配られた歌詞カードと、日本語訳で、意味を確かめながら、落ち着いて聴くことが出来る。

Jesus cadit. イエスは倒れる。という言葉が何度も表れ、全体の基調を形作っている。

リストの、祈るような音楽が、心の奥にしみ込んでくる。

ピアノは、ジャン=クロード・ペヌティエ。ヤーン=エイク・トゥルヴェ指揮による、ヴォックス・クラマンティスの合唱。

ヴォックス・クラマンティスのメンバーは、皆、スコアを持っていた。興味深かったのは、そのうちの何人かが、紙のスコアではなく、iPadを持っていたことだった。

マーラー:交響曲第10番

マーラーが、1910年から作曲を始めたが、完成することなく、マーラーは翌年に死亡した。第1楽章のみ、ほぼ完成といえる状態だった。

残された譜面から、多くの作曲家が完成させた、数々のバージョンが存在する。

マーラーは、ある時期以降、この交響曲の作曲を完全に止めてしまった。完成させる意図は、なかったのかもしれない。

第1楽章、アダージョ。陰鬱な出だし、マーラーの他の交響曲で聴いたことがあるようなメロディが続く。

第2楽章、スケルツォ。いろいろな音楽が登場しては、消えていく。

第3楽章、プルガトリオ(煉獄)。マーラーは、煉獄もしくは地獄(インフェルノ)、と譜面に書き、後半部分を線で消している。

妻のアルマに対する批難の言葉が譜面に書かれていたというが、アルマが、マーラーの死後、その部分を削除してしまった。

アルマは、建築家のグロピウスと不倫状態にあり、マーラーは、煉獄にいる気分になっていたのかもしれない。

しかし、音楽は、決してそれほど悲惨なものではない。

第4楽章、スケルツォ。出だしは、大音響でマーラーらしい。第1楽章に使われてもおかしくない構成。

第5楽章のフィナーレは、ドラムとバスの低温で重々しく始まる。浄化されるような、美しい幻の旋律が続く。

2011年、オランダ、アムステルダムのコンセルトヘボウでの、インバル指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏。クックによる補筆完成版を使用。

ラヴェル:弦楽四重奏曲

ラヴェルが、1902年から1903年にかけて、わずか27歳の時に作曲した弦楽四重奏曲。師のガブリエル・フォーレに献呈された。

第1楽章は、ラヴェルらしい幻想的な、不協和音のような、宇宙から降り注いできたような、不思議な音楽。

第2楽章は、ピチカートが多用される。おそらく、ハープのような音感を出したかったのだろう。

いろいろなテンポのメロディが登場し、第1楽章の主題のような音楽も現れる。

第3楽章は、緩やかな音楽。中国の音楽のような、東洋的なメロディ。ヴィオラがリードする印象的なパートがある。

第4楽章は、それまでの雰囲気とはうって変わって、激しい始まり。第1楽章の主題と同様の音楽が登場し、フィナーレを迎える。

2000年、ザルツブルグのモーツァルテウムでのハーゲン四重奏団による演奏。

2014年5月2日金曜日

ファリャ:バレエ音楽『恋は魔術師』

ファリャが、1914年から1915年にかけて作曲したバレエ用の音楽。その後、何回か改訂している。

1915年版は、ヒネタリア(ヒターノ気質)と名付けられている。

第1場と第2場に分かれており、死んだ男の亡霊に苦しむ女性が、ヒターノの女性による魔法で救われ、現在の恋人と幸せになる、という物語。

死んだ男の亡霊、ヒターノの女性、というミステリアスな雰囲気を、ファリャは多彩な音楽で表現している。

2013年、フランスのナントで行われたフォルジュルネから。ジャン=フランソワ・ハイザー指揮、ポワトゥ・シャラント管弦楽団による演奏。独唱はアントニア・コントレラス。

アントニア・コントレラスによる、朗読と歌唱によって構成されていた。

ファリャ:ベティカ幻想曲

ファリャが、1919年に完成させた、ピアノ用の曲。

ベティカとは、ラテン語で、古代ローマ時代にアンダルシア地方を表す地名だった。

文字通り、幻想的な雰囲気に包まれた曲。

スペインの民謡や、フラメンコの音楽を連想させ、短いながら、一度聴いたら忘れられない深い印象を残す。

2013年のフランス、ナントのフォルジュルネの演奏。ピアノは、ジャン=フランソワ・ハイザー。

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番

ベートーヴェンは、1825年に弦楽四重奏曲第13番を作曲したが、最後の第6楽章のフーガがあまりにも難解すぎて、満足に演奏できる演奏者もなく、理解できる人も少なかったので、1826年の11月に、その部分だけを、より穏やかな内容の第6楽章を作曲した。

現在では、その構成を、弦楽四重奏曲第13番と読んでいる。

この第6楽章は、完成品としてではないが、ベートーヴェンが作曲した最後の音楽になっている。ベートーヴェンは、この後、ベットから起き上がれなくなってしまい、翌年に亡くなっている。

その置き換えられた第6楽章は、Allegro。前のフーガとは違った、軽やかな明るいメロディ。

ベートーヴェンの作った最後の音楽としては、あまりに普通、という印象もあるし、逆に、最後の境地は、このような穏やかなものだったのかもしれない、とも思える。

2012年5月、ベルチャ四重奏団による、ウィーンのコンチェルトハウスでの演奏。

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番

ベートーヴェンが、1826年に作曲した、16番目の弦楽四重奏曲。弦楽四重奏曲としてだけでなく、他の形式も含めて、最後の完成曲となっている。

いろいろな、楽章構成を模索してきたベートーヴェンだが、この最後の曲では、伝統的な4つの楽章になっている。

しかも、第3楽章以外は、すべてヘ長調。

第1楽章は、Allegretto。終始穏やかな音楽だが、最後の終わり方が唐突に感じられる。

第2楽章は、Vivace。生き生きとした、若々しい音楽。

第3楽章は、Lento assai, cantante e tranquillo。静かに、瞑想するような音楽。

第4楽章は、 Grave ma non troppo tratto — Allegro。

"Der schwer gefaßte Entschluss"という言葉が譜面に書かれている。直訳すれば、難しく広範囲に渡る決断、という意味で、どんな決断なのかが、いろいろと解釈されている。

冒頭は、重々しく始まり、激しい感情を爆発させたような感じになり、その後は、アレグロの軽快な音楽に変わる。

不協和音のような、耳に少々不快な音楽も表れる。

2012年5月、ベルチャ四重奏団による、ウィーンのコンチェルトハウスでの演奏。